第30期竜王戦七番勝負 第5局
永世七冠、歴史的偉業としか、いいようがない。
強いのは当然だが、ここまでモチベーションを保ち、進化し続けたことには尊敬を超えて、恐ろしさすら感じるところである。
いずれ専門誌に自戦解説でも出るのではないだろうかと思うが、私も及ばずながら(観戦してはいないが)観戦記を書いてみる。
(初手からの指手)
▲7六歩△8四歩▲2六歩△3二金▲7八金△8五歩▲7七角△3四歩▲6八銀△7七角成▲同銀△2二銀▲3八銀△6二銀▲4六歩△4二玉▲4七銀△3三銀▲5六銀△7四歩▲5八金△6四歩▲6八玉△6三銀▲3六歩△1四歩▲1六歩△7三桂▲9六歩△8一飛▲7九玉△6二金▲3七桂△3一玉▲6六歩△5四銀(第1図)
なんということはない、普通の局面である。
今まで、何局も指された形であろう。
しかし、驚くのは、この次の一手なのである。
(第1図以下の指手)
▲4五銀(第2図)
第2図
唖然とする一手である。
なぜか。
①いくらなんでもシンプルすぎるだろう、ということ。
②なんか、攻めているところがヘンだ、ということ
③これでうまくいくなら、既に誰かが指しているだろうということ。
こういう理由がまず出てくる。
私は特に②をいいたい。
こんな単騎の銀では、なかなかうまくいかないと思うのである。
(なお、プロの眼では、「△5五銀があるから」上手くいかないだろう、ということになるらしい。)
(第2図以下の指手)
△5五銀▲2五桂△4二銀(第3図)
第3図
銀をかわせば、当然先手は桂を跳ねる。
そして銀を引いて、いかにも攻めがつんのめったように見える。
アマチュアのようにすら見える攻めである・・・
ところで、私は後から思ったのだが、なぜ銀を2二に引かないのであろう。もし2二であればなぜだめなのだろう。私はこれが不思議で仕方がない。
そこで、竜王戦の中継サイトを見ながら考えているのだが、
一つは渡辺は4筋の厚さを主張したかったようだ。プロは何か主張を持って局面を導いていることは、私も何となく知っている。
もう一つは、この次の手を、軽視していたらしいことだ。
しかし、決して手の広い局面とは言えない第3図・・・そんな局面で軽視するということはあるのだろうか・・・
(第3図以下の指手)
▲1五歩(第4図)
第4図
この端歩、これがどうもいい手らしい。
まず同歩の場合は、▲3四銀と出ておいて、△3七角には1八飛車としておくようだ。
その後、端のたたきと▲4五角を絡めて攻めていくことになり、羽生、渡辺によると、ぎりぎりつながっているらしい。
ちなみにアマチュアが素朴に考える2四歩はコメントにすら出てこない・・・ショックを通り越して笑えるが、それでも、第4図で△2四歩がダメな理由を考えてみる。
一つは堂々と端を取り込み、△2五歩に▲同歩としておく作戦。これでも後手陣に歩が次々と伸びてきて、先手の模様がよさそうだ。
もう一つは▲1三桂成とカラ成りする作戦。ただ、ここ手に対しては、△1五歩とされてうまくいくかどうかはちょっとわからない。
いずれにしても、先手がどんどん駒が伸びる展開になるので、プロは思いつきもしないようだ・・・
さて、端に手を付けたものの、後手陣が破られるイメージはまだまだわかないところだ。
ただし、先手の攻めがそんなに無茶でもないということは、途中で気付いた。
その理由は、▲4五角が常に飛車に当たり先手になること、そして、2三の地点が薄いことだ。
だから、3四に銀が出ていく攻めは、後手陣の急所を突いている意味があるのだ。
(ただ、だからこそ、2二銀が受けとして固いのではないのか、と思うのだが)
(第4図以下の指手)
△3七角打▲2九飛△4六角成▲4九飛(第5図)
第5図
こんな、自然に見える手順の中に、渡辺は見落としがあった。
後手からの3七角に対して常に先手は▲1八飛車だと思っており、最終手の▲4九飛車が厳しかったのだ。
私は、このコメントが信じられない。
飛車の逃げ場所など、二つしかない。思い込むほど限定された局面とも言えない。
飛車を引いて、4筋に回るなど、ふつうの手順ではないか。
それを渡辺が見落とすとはどういうことか。
かなり前にさかのぼろう。
本局で羽生が▲4五銀をぶつける直前の渡辺の△5四銀。(アマチュアは普通の手だと思うが)渡辺はしぶしぶ上がったようだ。
「ほかに手がない」
と感じて。
そのしぶしぶ上がった銀に対して、羽生はガチャンと銀をぶつけてきた。
他の並みいるプロが驚いたのだから当然渡辺も驚いただろう。それに加えて、
「やっぱりまずかったか」
と銀上がりを後悔したのではないか。
さらに、それに加えて、読んでいない手を指されて
「まずい(かも)」
と思ったかもしれない。
さらには背景として、最近のA級順位戦で、羽生に完敗したこともちらついたかもしれない。
また、永世七冠を期待する空気もあっただろう。
(何もかもが空想の域を出ないが、これまでの竜王戦では、渡辺はホームグラウンドで戦うような、そういう空気があったのではないか、それが今回はちょっと違う空気だっただろう・・・)
そんな流れの中、さらに▲1五歩を軽視していたということが本当だとすれば、読み違いが連続したことになる。
それが動揺を呼び、最後には普通の飛車引きすら、見落とした・・・
どこまであたっているかはわからないが、いくらかは当たっているだろう。
さて、第5図で渡辺はどう指したか。
(第5図以下の指手)
△1五歩(第6図)
第6図
渡辺は、堂々と端の歩をとった。
一見普通の手だ。意外という余地はない。
しかし、どうも別の手がよかったらしい。
候補に挙がったのは△2四馬。その後、8筋をついて7筋をついて、攻め合いに向かう方針だ。
分かりやすく言えば
①△1五歩=「やってこい」
②△2四馬=「苦しいのは分かった。そのうえで仕切りなおそう」
という感じだろうか。
①は堂々としている。王者の雰囲気だ。
ただし、ここまで読み抜けが続いた渡辺が選ぶ場合、それは開き直りの意味がある。
こういう手は、局面を誘導し、「どこから来ても大丈夫だ」という読みが備えてある場合にこそ指せる手だと思うからだ。
②はものすごくつらい。何といっても先手からの端の取り込みが気持ちよすぎる。
しかしいいところもある。
・まず、先手の銀の進出を一応食い止めている。
・それから前に指した△4二銀が輝き始め、少なくとも後手にとって厚い4筋が争点になりそうだ。
・さらに、渡辺も攻めることができる。
こう書いてみると、渡辺がいかにも負けを受け入れて端をとったかのように書いているが、しかし、そんなことはないのだろう、とも思う。
これだけ勝ってきた渡辺が、最善の頑張りをやらないはずはない。
普段の状態なら一番粘りのある手を選べるのだが、この将棋では、外部の雰囲気、この将棋の流れなどから、端を取るのが一番勝利の可能性があると考えて(しまって)、指したのだろう。
さて、もう一度、第6図を見てみよう。
端をとった手はやっぱり普通の手に見える。そして、先手と後手、どちらがいいのかはちょっとわからないところだ。
しかし、中継の解説を見ていると、既に形勢が先手に傾いているように書かれていた。
次の手が見えて、さらにその後の流れも見えれば、形勢が見えてくるのだろうか。
次の手が封じ手であった。