稲葉 陽 八段 vs. 藤井聡太 四段
第67回NHK杯3回戦第2局 観戦記①
A級八段と藤井四段の一戦。胸を借りるという感じではなく、対等の勝負という感じではないか。
(初手からの指手)
▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲3八銀△7二銀▲6八玉△7四歩▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩打▲7四飛△7三銀▲7六飛△7二金▲9六歩△9四歩▲1六歩△5二玉
(第1図)
第1図
先手の稲葉八段は、流行の7筋の歩をかすめ取る作戦。
私はよく知らないが、なんとなくコンピューターから始まったような気がする手である。
(第1図以下の指手)
▲1五歩△6四銀▲5八玉△7三桂▲4八玉△4二銀▲3九玉△4四歩▲5六飛△3四歩▲7六歩△8六歩▲同歩△同飛(第2図)
第2図
先手が王を囲っているうちに、後手がどんどん歩を伸ばしていく。
放っておくと先手が手も足も出なくなる、そんな不安がある局面だと思われる。
ただ、後手の藤井四段は抑え込む方針ではないようでもある。その理由は△7三桂だ。
あの桂を跳ねると7四が必ず傷になる。そのため、抑え込みには向かないと思われるのだ。
さて、第2図から動き始める。
(第2図以下の指手)
▲7五歩△8四飛▲8五歩打△同飛▲7四歩△6五桂▲8七歩打(第3図)
第3図
この一連の動きは、非常に高度で、分からない。
先手は飛車交換を挑んだ。当然後手は断る。
すると、さらに▲8五歩によって、無理気味に▲7四歩を実現し、後手の桂を飛ばせた後で、じっと▲8七歩で傷を守る。
後手の駒を前に出させただけに見えるが、稲葉八段は
「もうこれで収まらないよ」
と言っているのだと思う。
一連の手順は、来るべき戦争を回避できなくした効果があると思われるのだ。
良し悪しは不明だが、大きく切り合う稲葉八段の棋風にあっているようではある。
(第3図以下の指手)
△7五銀▲7七桂△同桂成▲同角△7六歩打▲5五角△6四歩(第4図)
第4図
藤井四段は△7五銀と出た。これは、抑え込みのようでもあるが、仕方ないようにも見える。なかなか先手の飛車角桂を銀だけで止めるのは難しいと思われるからだ。
とはいえ、第4図は何とか先手の駒を止めたようにも見える。一手あけば、後手からもいろいろと補修できるのだが・・・
(第4図以下の指手)
▲8六歩△8四飛▲8七桂打△8六銀▲6四角(第5図)
第5図
▲8六歩!
きつそうな手。飛車でとれば、▲8七に桂馬を打とうということだろう。
後手は△8四銀しかなく、そこで▲6四角と出れば終わっている。
本譜も▲8七桂がやはり厳しい。後手陣が薄い・・・
(第5図以下の指手)
△8七銀成▲8五歩打△同飛▲8六歩打△同成銀▲9一角成△6一桂打▲5五飛(第6図)
第6図
後手も8筋を破って成銀を作ったが、すぐに引かされる。
△6一に桂馬を打つ時は、つらい辛抱だっただろう。
形勢は先手がよさそう。
ただし、それほど離れてはいないかもしれない。
こういう局面でもうひと押しがなくて、逆転されるケースはたくさんある。
ましてNHK、時間も少ない。
(第6図以下の指手)
△8四飛▲7五飛△8五成銀▲6五飛△6四歩打▲同馬△6三歩打▲5五馬△7七歩成▲同金△4五歩(第7図)
第7図
飛車交換には当然応じず、6筋の歩を打って傷を消した。
後は成銀が中央に使えれば、後手が押し返すこともあるのでは?
そんなことを思いながら見ていると、最終手の△4五歩!
信じられない。
他にも
△6三銀
△7五歩
等の候補手があるところ、なぜこんな危険そうな手を?
藤井四段は、この手で何を狙ったのだろう・・・
予測することも困難である・・・
(第7図以下の指手)
▲2二馬△同金▲6六角打△3三角打▲4四香打(第8図)
第8図
あっという間に両取りをかけられ、懸命に△3三角で受けたところを、▲4四香で返されてしまった。
後手陣は飛車をとられてはひとたまりもない、かといって4筋だけでもつぶされそうだ。
稲葉八段は、
「もう終わった」
と思ったのではないだろうか。
(第8図以下の指手)
△7五歩打▲8六歩打△同成銀▲4二香成△同玉▲7五角△7四飛▲8六角(第9図)
第9図
後手は次に▲8六歩を打たれてはひどいので、△7五歩で耐える。
先手は後手陣のかなめのような銀をとり、さらに▲8六歩から左側をきれいにさばいてしまった。
有利な時は簡明に、というわけだ。
いよいよ終わりそうな将棋に見えてくるが、実はまだ終わらない。
テレビを見ていた方はご存じなのだろう。
この先のことを考えると、第9図の後手陣、意外と粘りがあるようにも見えてくる。
壁金は痛いが、無駄な駒はない。
桂・香という先手陣攻略のためには金銀よりもはるかに有効な駒も持っている。
これだけA級八段に殴られ続けているにしては、形が壊滅的とまでは言えないところで踏ん張っている・・(いいすぎか)?
ようにも見えてくるのである。