藤井五段が模様をよくしている局面だが、決定的な差がついているとまでは言えないのかもしれない。
ゆっくりしていれば先手の攻め駒が一掃される恐れもある。
模様はよくても、攻める責任が先手にはある。
第10図
(第10図以下の指手)
△4一飛▲8六銀△5五歩打▲7七桂
(第11図)
先手の回答は、▲7七桂であった。
この手も気づかなかった。
▲8六銀はわかるが、それは銀を使うのではなく、桂の道を開けたわけだ。
第11図
(第11図以下の指手)
△5六歩▲6五桂△6一桂打▲5六銀△3七角打
(第12図)
あとはこの▲7七の桂を使って攻めるだけ、と思われるが、先手は焦らない。
▲5六銀と歩を補充しつつ、銀を繰り出す。
この落ち着きはどうだ!
なんと、さっきの意味のよくわからなかった▲4九飛車まで、金に紐をつけて役立っているではないか!
対する広瀬八段は、苦しいようでも、△3七角を放った。
遠く成銀に当て、一方では4八の金も狙う。いわば両取りに近い手だ。
攻防一体の好手と見える。
一瞬、後手が逆転したのでは、とすら思った。
そのあと、これは見た目ほどの手ではないと思った。
というのは、一見後手は自陣に馬を引き付けられそうだが、それではダメなのだ。馬を引き付けたら勝てるというものではない。引き付ければその馬が狙われる。
今や局面は、互いの王を狙う局面になっている。ゆっくり馬を引き付けるような局面ではない。
そうすると、この角は、4八の金を狙うしかないのだ。
しかし、それは難しい。4八の金を仮にとった場合には、後手は大駒を手に入れることになるし、そもそも、後手陣が持ちそうにない。
つまり、見た目は鮮やかだが、
「受けきることはできず、やむなく攻めに転じた」
ということを示した角だったようである。
第12図
(第12図以下の指手)
▲7三歩成△同 桂▲同 成銀△同 金▲同 桂成△同 玉
(第13図)
とはいえ、成銀はさばかなければならず、先手は清算した。
雰囲気は押し切れそうな局面だが、しかし、では何を指すかというと、よくわからない。私が先手なら余されるだろう。
しかし藤井は違う。
見事な一手を放った。
私は、駒を落としたのではないかと思うほど衝撃を受けた。
第13図
(第13図以下の指手)
▲4四桂打
(第14図)
金取りの桂。
取れば▲4五歩。
放置すれば金か、角か、どちらかとれる。
まさに決め手である。
第14図
(第14図以下の指手)
△2六角成▲3二桂成△4三飛▲7四歩打△同 玉▲6五銀△8三玉▲8五銀△4五角▲7四歩打△8一桂打▲6四銀△8二銀打▲8四金打△7二玉▲7三歩成△同 桂▲7四銀△8五桂▲同 金△7六歩▲5六桂打△3六馬▲3七金△投了
投了まで、もはや争うところはない。
ただ、広瀬八段の△2六角成は相当の精神力を示した手である。
▲4四桂の局面で投げる人もいるかもしれない。
(第15図)
第15図
おもしろい将棋だった。
広瀬八段の(おそらく)研究手から始まり、双方が持てる技を繰り出した。
広瀬八段の力があってこそ、見ごたえのある将棋になったといえる。
4四桂のような手は、互いが拮抗した局面を作ったからこそ生じるのだと思う。
さて、こうなるといよいよ、次はタイトル戦に出てくることがほぼ確実といえよう。
いったいどのタイトル戦が最初になるのだろうか。
そして、その持ち時間の長い将棋でも、やはりこの快進撃は止まらないのであろうか?